水谷千秋 "謎の大王 継体天皇"(ISBN:416660192X)

年末年始に読み返していた本。通常、学校の日本史においては推古天皇以前の天皇について教えられることはほとんどない。これは「古事記」および「日本書紀」における推古天皇以前の天皇の物語が史実なのか伝説なのか区別ができないからである。*1
継体天皇とはその伝説上の天皇の一人なのだが、この天皇の出自が非常におもしろい。武烈天皇という「とんでもなく暴虐な」*2天皇が世継ぎを残さなかったため*3、かなり前の天皇である応神天皇の五世の孫が近江から即位したという。この即位した天皇継体天皇である。
この物語が完全な伝説とはいえないだろう。ただし少し潤色されている可能性がある。そこで、後世の歴史家たちはロマンをふくらませる。実はこの継体天皇は近江の豪族で天皇家を簒奪したのではないか。と。
もちろん万世一系の国と戦前まで信じられていた日本ではタブーな話題だったが、戦後多くの人がこの可能性について論じてきた。この本ではその可能性について一つ一つ丁寧に検証を重ねていく。たしかに少しくどく感じてしまう面もあるが、それは実直な学者さんらしい仕事の裏返しであろう。
そもそもこの継体天皇に関心を持ったのは、出身の京田辺市に筒城宮という皇居を構えたという逸話が残っているからである。なぜかこの天皇は、即位しても奈良盆地に皇居を構えようとせず、乙訓や樟葉といった奈良よりも北辺の地域に皇居を構え、磐井の乱という大乱が発生する前になって初めて奈良へ進むことになる。このあたりの事情についてもこの本は仮説をたてて検証を重ねていく。
歴史を検証するというのは非常に冷厳な視点が必要であり、丹念な資料の拾い読みが必要であるということがよくわかる。もちろんこれでも論文よりは非常にわかりやすくしたとは書いてあったが、他の歴史書に比べても一線を画す堅い本だと思う。
歴史というのはそれを見た人がいない限りは疑う余地のあるものである。だから、定説になっている教科書の内容についても本当はどうだったのかはよくわからない。よくわからないから想像の羽を広げる余地がたくさんあって、おもしろいのである。とくに推古以前の伝説から史実を取り出す作業というのは、この想像の羽を思いっきり広げる可能性があり、歴史ファンにとってはたまらないのだろう。

*1:もちろん、「新しい歴史教科書を作る会」の教科書には載っているだろうが

*2:この本ではこの暴虐さの物語について疑問を唱えている

*3:この本では本当に世継ぎがいなかったのかということについても疑問を唱えている