不滅の法灯

延暦寺は平日にもかかわらず意外にも人が多く,老若男女様々な人がいた.日本らしいというか,仏教らしい懐の深さを感じたのは,延暦寺で学んだ様々な鎌倉仏教の開祖たちがあがめられていることである.本来であれば彼らは異端の親玉であって,排撃することはあっても,顕彰することはないと思うのだが,さすがは日本仏教らしい.すこし皮肉だったのは現在でもやや排他的な教団である日蓮宗の開祖である日蓮も他の浄土宗系の開祖と同列に並べられていたことだろう.
国宝の「根本中堂」の近くに宮沢賢治の碑があった.彼は国柱会という日蓮宗の教団に属しており,熱狂的な日蓮信者だった.しかし,彼の父親は浄土系の教団で,対立を深め,家には二つの仏壇があるという状態だったらしい.
そこで,父親は息子と融和するため,比叡山への旅行を提案する.もともと日蓮延暦寺天台宗出身であり,天台宗法華経を重視している.よって,賢治も断る理由はなかったようだ.彼は,この旅行を期に宗教的な厳格さが和らいでいったという.
この日は何か行事があったらしく,高僧が根本中堂の方へ,多くの僧をつれて根本中堂のほうへ向かっておられた.
さすがに,2時頃になっておなかがすいたので,京都市内へ降りることにした.